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「運のいい日」(1924)著:玄鎮健(ヒョン・ジンゴン)

韓国
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1924年6月、雑誌『開闢(ケビョッ)』第48号に発表された玄鎮健(ヒョン・ジンゴン)の短編小説。
日本植民地時代の下層民の切迫して悲惨な生活を、どんでん返し(反転)の手法を用いて衝撃的に描いた作品である。
舞台は1920年代のソウル。主人公は人力車夫のキム・チョムジ。

韓国では、第7次教育課程の中学校3年生1学期の国語教科書、2019年改訂版の中学2年生2学期国語教科書、そして高校の文学(上)教科書などにも収録されていた。
新しい教育課程では、中学2年生1学期の「ビサン国語」教科書には内容のみが収録されており、3年生2学期の「チャンビ国語」教科書には批評文とともに掲載されている。
また、中学3年生1学期の「ミレエン国語」教科書や、2年生2学期の「チョンジェ国語」教科書(代表著者:ノ・ミスク)にも内容が収録されている。

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「運のいい日」(1924)

著:玄鎮健(ヒョン・ジンゴン)

空はどんよりと曇り、今にも雪が降りそうだったが、雪ではなく、凍りかけた冷たい雨がしとしとと降り続いていた。

この日は、東小門の内側で人力車夫をしているキム・チョムジにとって、久しぶりに“運のいい日”であった。
門の内側とはいえ、中心街まではいかない地域で、彼は「文内まで行く」という向かいの奥さんを電車通りまで送っていくことから一日を始めた。
その後も、もしかすると客があるかと、停留所近くでうろうろしながら降りてくる人々を見ては、ほとんど祈るような目つきで一人ひとりを見つめていた。
ついに運よく、教師らしい洋服姿の男を東光学校まで乗せることになった。

最初の客で三十銭、次の客で五十銭――。
朝からそんなに稼げることなど滅多になかった。
まさにツキが回ってきたのである。
この十日ほど、まともにお金に触れることもなかったキム・チョムジは、十銭玉や五銭玉がチャリンと掌に落ちてくるたび、涙が出るほど嬉しかった。
まして今日このとき、八十銭という金は、どれほどありがたかったことか。
乾いた喉に焼酎を一杯引っかけることもできるし、それよりなにより、病気の妻にソルロンタン(牛骨スープ)を買って帰ることもできる。

妻は咳をし始めてから、すでにひと月以上が経っていた。
まともに飯も食べられない暮らしなので、もちろん薬など買えるはずもない。
いや、買おうと思えば買えないわけでもなかったが、彼には「病気というやつは薬を与えると味をしめて何度もやってくるものだ」という妙な信念があり、それを頑固に守っていた。
だから医者に見せたこともなく、病名も分からない。ただ、横になったまま体を起こすことも、横向きに寝返りを打つこともできない様子からして、重病なのは間違いなかった。
病状がこんなに悪くなったのは、十日前に粥を食べて消化不良を起こしてからのことだった。

その日も、チョムジが久しぶりに稼いで、粟一升と十銭分の薪を買って帰ってやったのだ。
ところが、チョムジの言葉によれば、あの女(妻)はまるで発狂したように鍋に火をかけた。
焦るばかりで火加減もうまくできず、十分に煮えきらないうちに、匙も使わず手でわしづかみにして、まるで誰かに奪われるとでも思うように口へかきこんだという。
両頬に拳ほどのこぶができるほど食べてから、夕方には胸が苦しい、腹が張ると目をむいて暴れだした。

そのときチョムジは烈火のごとく怒鳴った。
「ちぇっ、この馬鹿女め! 食えないときは病気、食えば病気、どうしろってんだ! なんで目をしっかり開けねぇんだ!」
そう言って、病人の頬を平手で一発。
妻の半開きだった目はわずかに開いたが、すぐに涙がにじんだ。
チョムジの目頭も熱くなった。

それでも妻は、食べることだけはやめなかった。
三日前からは、ソルロンタンのスープが飲みたいと夫にせがんでいた。

「この馬鹿女め! 粥も食えねぇくせにソルロンタンだと? また食ってひっくり返る気か!」と、怒鳴りつけてはみたものの、買ってやれない自分が情けなくて仕方なかった。

だが今日は違う。ソルロンタンを買ってやることができる。
病んだ母親のそばで、空腹を訴えて泣く三歳の息子・ケットンイに粥を買ってやることもできる。
八十銭を握りしめたチョムジの胸は、久しぶりにゆったりと温かかった。

だが、その幸運はまだ終わらなかった。
汗と雨が混ざって首筋を流れ、油じみた手拭いでそれを拭いながら学校の門を出ようとしたそのとき、「人力車!」と背後から呼ぶ声がした。

振り返ると、呼んだのはその学校の学生らしかった。
学生はぶっきらぼうに尋ねた。
「南大門駅までいくらですか?」

たぶん寄宿舎に住んでいて、学期休みに帰郷するところなのだろう。
今日帰るつもりではあったが、雨が降り、荷物もあるので途方に暮れていたところ、たまたまチョムジを見つけて駆け出してきたのに違いない。
そうでなければ、靴の片方もろくに履かずに引きずりながら、どんなに濡れてもお構いなしに、チョムジを追いかけてくるはずがない。
それがたとえ〈ゴクラ〉(安物)の洋服であったとしても。

「南大門駅までとおっしゃいましたか。」
そう言いながら、キム・チョムジは一瞬ためらった。
この雨の中、雨具もなしに、あんな遠くまでびしょ濡れになって行くのが嫌だったのか。
それとも、さっきの二人の客で満足していたのか。

――いや、そうではなかった。
奇妙なことに、次々と押し寄せてくる“幸運”に、少し怖気づいたのだ。
そして、家を出るときの妻の言葉が心に引っかかっていた。

向かいの奥さんが迎えに来たとき、病に伏せた妻は、骨ばった顔の中で唯一生きているように光る、くぼんだ大きな目を見開いて、哀れっぽく言ったのだ。
「今日は出ないでください、お願いだから、家にいてください。私、こんなに苦しいのに……」
まるで蚊の鳴くような声でそうつぶやき、喉の奥でゴロゴロと息を詰まらせた。

そのときチョムジは、つっけんどんに言い放った。
「うるせぇな、まったく。みっともないこと言うな! 俺があんたに付きっきりでいたら、誰が食わせてくれるんだ!」
そう言って勢いよく外へ飛び出したが、
背中には「出かけないで……それなら早く帰ってきて……」という、かすれた声がいつまでもついてきた。

「南大門駅まで」と聞いた瞬間、チョムジの脳裏に、痙攣する妻の手、涙をこらえた大きな目、泣きそうな顔が浮かんだ。

「それで、南大門駅までいくらだね?」
学生は焦ったように人力車夫の顔を見つめ、独り言のように言った。
「仁川行きの汽車が十一時発で、その次は二時だったかな……」

「一円五十銭でお願いします。」
その言葉が、チョムジの口から思わず飛び出した。
自分でもその金額に驚いた。
こんな大金を口にしたのは、一体いつ以来だろう。

だが、その金を稼ぐ勇気が、妻への心配を一瞬にしてかき消した。
まさか今日のうちにどうこうなるまい――そう思った。
どんなことがあっても、この一日で三度目の“運”を逃すわけにはいかなかった。

「一円五十銭は少し高いんじゃないですか?」
学生は首をかしげた。

「いえいえ、距離で言えばここからそこまでは十五里以上ありますよ。
それにこんな雨の日は、少し色を付けていただかないと。」
そう言いながらチョムジはにこにこと笑った。
顔いっぱいに喜びがあふれていた。

「じゃあ、言い値で払うから、早く行こう。」
気前のいい若い客はそう言い残し、急ぎ足で荷物を取りに建物の中へ入っていった。

学生を乗せて出発したチョムジの足取りは、妙に軽かった。
走るというより、まるで宙に浮いているようだった。
車輪も、まるで氷の上を滑るスケートのようにすべるように進んでいった。
凍った地面に雨が降って、道がつるつるになっていたせいもあったが。

やがて、足が重くなってきた。
自分の家の近くを通りかかったからだ。
胸の中に、再び不安がこみ上げた。

「今日は出ないで……私、こんなに苦しいのに……」
あの声が耳の奥で響く。
くぼんだ目が恨めしそうに自分を見つめる光景が浮かんだ。
そして、赤ん坊のケットンイが泣き叫ぶ声、
ヒューヒューと母の荒い呼吸の音が聞こえた気がした。

「どうしたんですか、汽車に遅れますよ!」
焦った学生の声がようやく耳に届いた。
はっと我に返ると、チョムジは道の真ん中で、人力車を止めたまま立ちすくんでいた。

「え、ええ、すみません!」
チョムジは再び走り出した。
家が遠ざかるにつれて、また少し元気が出てきた。
走っていれば、次々と頭に浮かぶ心配ごとを忘れられるような気がしたのだ。

駅に着いて、一円五十銭という大金を本当に手にしたとき、
チョムジは信じられないほどの感謝と喜びに包まれた。
十里もの道を雨の中、びしょ濡れで走ってきた苦労など、頭からすっかり飛んでいた。
まるで一夜にして金持ちになったような気分だった。
自分の息子ほどの若者に、何度も頭を下げた。
「どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ。」

だが――
この雨の中、空の人力車を引いて帰ることなど、思ってもいなかった。
働きづめで流した汗が冷え、空腹の腹と、びしょ濡れの衣服から、体の芯まで寒気がしみこんできた。
そのときチョムジは、一円五十銭という金が、どれほどありがたく、そしてどれほどつらいものかを痛感した。

駅を離れた足取りには、もう力がなかった。
全身がすくみ上がり、今にもその場に倒れそうだった。

「ちぇっ、なんてこった! この雨の中、空っぽの車を引いて帰るなんて……。
くそっ、こんな雨、俺の顔ばかり叩きやがって、いっそ自分の婆さんの墓にでも降りやがれ!」

チョムジは誰にともなく、怒りをぶつけるように悪態をついた。

そのとき、ふとひらめいた。
「いや、こんなふうに帰るより、この近くを回って、汽車が着くのを待っていれば、また客が捕まるかもしれない。」

今日の運は、どうにもおかしいほどいい。
もしかすると、もう一度チャンスがあるかもしれない――そう信じる気になった。
まるで“幸運”が、自分を待っているような気さえした。

とはいえ、駅前の人力車夫たちの縄張りは怖い。
正面には立てない。
そこでチョムジは、いつものように、駅のすぐ手前――電車停留所のあたり、人通りの多い通りと線路の間に人力車を停めて、様子をうかがうことにした。

ほどなくして、汽車が到着した。
数十人の乗客がぞろぞろと出てきた。
その中でチョムジの目に留まったのは、髪を洋風に結い、かかとの高い靴を履き、マントを羽織った女だった。
廃れた妓生(キーセン、芸者)か、やんちゃな女学生のようにも見えた。

チョムジは、そっとその女のそばに寄った。
「お嬢さん、人力車にお乗りになりませんか?」

女はしばらく鼻を鳴らし、唇を固く結んで、チョムジを見ようともしなかった。
チョムジは乞食のように、何度も顔色をうかがいながら言った。
「お嬢さん、駅前の連中よりずっと安くお送りしますよ。お宅はどちらで?」
そう言いながら、女の持つ日本風の柳ごの籠に手を伸ばした。

「なによ、触らないで!」
雷のような声で怒鳴り、女は背を向けた。
チョムジは「これは失礼」と後ずさりした。

そのとき電車が来た。
チョムジは、電車に乗り込む人々を恨めしそうに見送った。
だが――彼の予感は、今回も外れなかった。

満員の電車が動き始めたあと、乗り損ねた一人の男が残ったのだ。
大きなカバンを持っているところを見ると、荷物が邪魔で車掌に降ろされたのだろう。

チョムジは素早く近づいた。
「人力車、どうです?」

しばらく値段のやり取りをしたあと、六十銭で仁寺洞まで乗せることになった。
人を乗せると体が軽く感じられ、
降ろすと今度は急に重くなった――だが、今度は心まで落ち着かない。

家の光景が、しきりに目に浮かんでくる。
もう、幸運を願う余裕もなかった。
木の切り株のように重く、まるで自分のものではない足を叱咤しながら、チョムジはただ必死に走り続けた。

あの人力車夫が酔っぱらって、こんな泥の道をどうやって行くのかと通行人が心配するほど、彼の足取りはせわしなかった。
どんよりと雨雲の垂れた空は、もう黄昏に近いように暗かった。昌慶苑の前まで来て、ようやく彼は息を整え、足取りを緩めた。家へ一歩、また一歩近づくごとに、彼の心は妙に和らいでいった。しかしその和らぎは安堵から来るものではなく、自分に襲いかかるおぞましい不幸の到来を、ぎりぎりまで先延ばしにしておきたいという恐れから来ていた。

彼は不幸に触れるその時刻を、せめてわずかでも延ばそうとあがいた。奇跡のような稼ぎをしたという喜びを、できるだけ長く味わっていたかったのだ。きょろきょろと周囲を見渡すその様子は、まるで自分の家――すなわち不幸へ向かって自分の足をどうにも止められないので、誰かが自分を引き止めて助けてくれと願っているかのようであった。

その折、ちょうど道端の居酒屋から友人のチサムが出てきた。ふっくらとした顔に赤みが差し、顎と頬は黒っぽいもみあげに覆われている。ところがその太った顔はやつれて溝ができ、ひげはあごの下だけに逆さに松葉を付けたように生えている――チョムジの骨ばった顔つきとは奇妙に対照的であった。

「おう、キム・チョムジ、お前、家へ行って帰ってきたようだな。たくさん儲かっただろ、ちょいと一杯やろうぜ。」

でっぷりした男は、痩せた者を見てやさしく声をかけた。その声は体つきとは裏腹に柔らかく、愛想よかった。チョムジはこの友に会えて、どれほど嬉しかったことかわからなかった。まるで命の恩人に会ったかのように有り難く感じた。

「お前はもう一杯やったのか。お前も今日は当たり日らしいな」とチョムジは顔をほころばせた。

「なんだ、面白くねぇから酒なんか飲まねぇってことはないだろうが。おい、こっち来いよ、どうしたんだ、まるで水の入った桶に落ちた子ねずみみたいだ。さあ、入って温まれ。」

居酒屋は温かくてほっとする雰囲気だった。どんと開けた鍋の蓋から湯気がもうもうと立ち上り、鉄網では肉やレバーや腎臓や干魚やチヂミがパチパチと焼けている。雑然と並ぶ酒の肴の卓を見たとたん、チョムジはきりきりと胃が痛むほど耐えられなくなった。今ならそこにあるものを全部かき込んでも足りないくらいだ。結局、腹をすかせた者はたっぷりなチヂミを二枚と、ドジョウの入った鍋を一杯頼んだ。

空腹の腸は食べ物の味を知るとますます空になり、もっともっとと要求した。瞬く間に豆腐とドジョウの入った汁物を一杯、まるで水のようにがつがつと飲み干した。さらに三杯目が出てくると、そこへ熱いマッコリの大杯が二杯運ばれてきた。チサムと飲み合わせると、空っぽの腹にじわりと沁みて、内臓にぴりぴりと広がり、顔がほてった。もう一杯おかわりをして、大杯をさらに一杯飲んだ。

チョムジの目はゆるゆるとほどけ始めていた。鉄網の上に載った餅を二つ、ざっくり切って頬を膨らませながらまた大杯を二杯ついでもらった。

チサムが訝しげにチョムジを見て言った。「おい、まだ注ぐのか。俺たちもう四杯ずつも飲んでるぞ。金で四十銭だぞ。」

「おい、この野郎、四十銭がそんなに恐ろしいか。今日は金をがっぽり稼いだんだ。ほんとに今日のツキはいいんだよ。」

「で、いくら稼いだんだ?」

「三十円だよ、三十円! なんだこのやろう、酒を注がねぇのか……いいんだ、いいんだ、いくら飲んだって構わねぇ。今日は山のように稼いだんだから。」

「おい、こいつはもう酔ってるな。やめさせろよ。」

「このやろう、これで酔うものか。もっと飲めよ!」と、チョムジはチサムの耳を掴んで叫んだ。
そして酒を注ぐ少年に駆け寄り、「こら、この野郎、酒を注がないのか!」と叱りつけた。少年はちらりと笑い、チサムに合図するように目を向けた。酔っ払いは気を利かせて怒鳴ると、「このくそ連中め、俺に金がねぇとでも思うのか」と言いながら、そっと腰を探り、一円札を取り出して少年に投げつけた。その音とともに数枚の銀貨がカランと落ちた。

「おい、金が落ちたぞ、なんで金をばらまくんだ。」と言いながらチサムが一枚ずつ拾い上げると、チョムジはふと地面をじっと見て、今自分のしていることが卑しい振る舞いのように思えたのか、いきなり顔をそむけてさらに怒り、こう叫んだ。「見ろ見ろ、この汚い連中め、俺に金がないとでも思いやがって。足の骨を折ってやるぞ!」と言ってチサムの差し出す金を受け取り、「この怨みの金め! この血の巡りを変える金め!」とばかりに金を打ち付けた。壁に当たって落ちた金は酒鍋の鈍い縁に当たり、正当に叩かれたかのようにチンと鳴った。

大杯二杯は注がれる間もなく消えていった。チョムジは口やひげに付いた酒を舐め取りながら、さも満足げにその松の葉のようなひげを撫で、「もっと注げ、もっと注げ」と叫んだ。

さらに一杯飲むと、チョムジはチサムの肩をぽんと叩き、思いがけず大笑いした。その笑いは大きく、店内の人々の視線は一斉にチョムジへと集まった。笑いを重ねながら彼は言った。「おいチサム、ちょっと滑稽な話をしてやろうか。今日、客を乗せて駅まで行っただろうが、戻ってきたらどうも調子が狂ってな。電車停留所でじっとして、また客を捕まえようと考えていたんだ。そしたら、奥さんか女学生か――今時どちらか見分けもつかん――マントを羽織って雨に打たれて立っていやがった。そっと近づいて『人力車いかがですか』って言って手提げを受け取ろうとしたら、ビシッと手を払いのけて、くるっと背を向けやがったんだ。『なんで人をそんなに煩わせるのよ!』って――その言い方が、まるでうぐいすの鳴き声みたいでさ、ハハハ!」

チョムジは見事にうぐいすのような声を真似した。店内の者は一斉に笑った。

「くそったれ意地悪女め、誰があんたをなんとかするってんだ、『なんで人を煩わせるのよ!』だって。おいおい、言葉遣いもなってねえよ、ハハハ。」と。

笑い声が高まる中、チョムジはふいにすすり泣き始めた。チサムは呆れたように酔っ払いを見て、「さっきまで笑って狂ってたのに、泣くってどういう了見だ」と言った。

チョムジは鼻をすすりあげて言った。「うちの嫁が死んだんだ。」

「は? 嫁が死んだって、いつだってんだ?」

「この野郎、いつだって? 今日だよ。」

「てめぇ、ふざけんな、嘘を言うな。」

「嘘じゃねえよ、本当に死んだんだ。本当に……嫁の死体を家に放っておいて俺が酒を飲むなんて、俺は人殺しだ、人殺しだよ!」とチョムジは嗚咽を上げて泣いた。

チサムは興醒めした顔で、「おい、お前、本当のことを言ってるのか嘘か知らんが、とにかく家へ帰ろうや」と泣き叫ぶ男の腕を引いた。

しかしチョムジは引き剥がすように振り切り、涙で目を潤ませたままににやりと笑った。

「死ぬって誰が死ぬもんか」と得意げに。

「死ぬって何だよ。生きてるに決まってるだろ。あの馬鹿女が腹を台無しにしたんだ。今になって俺に騙されたってな」と、子どものように手を叩いて笑った。

「こいつ、本当に気が狂ったのか。俺もあの嫁が病気だって話は聞いてたが」と、チサムもどこか不安げにチョムジに帰るよう勧めた。

「死んでねえよ、死んでねえってば。」

チョムジは怒りに満ちた声で確信を込めて叫んだが、その声には「本当に死んでいない」と信じ込もうとする必死さが混じっていた。ついに一円札を全部使い切るように、もう一杯ずつ大杯を頼んで飲み干すと、外へ出た。雨は相変わらずしとしとと降り続いていた。

キム・チョムジは、酔っていながらもソルロンタンを買って家へたどり着いた。
家といっても、もちろん借家である。しかも家全体を借りているわけではなく、母屋から離れた一間の離れを借りて暮らしており、水を汲んで使い、月に一ウォン払うのが決まりだった。
もしチョムジが酒に酔っていなかったなら、門をくぐった瞬間にその家を支配している恐ろしい静寂――まるで暴風雨の去ったあとの海のような静けさ――に、きっと足が震えただろう。

咳き込む音も聞こえない。荒い息づかいも聞こえない。
ただ、この墓のような沈黙を破る……いや、破るというよりは、かえって沈黙をいっそう深く、不吉なものにする音――
子どもが乳を吸う「チュウチュウ」という音だけが響いている。
もし耳の鋭い者がいたなら、その音には「ゴクリ、ゴクリ」と乳が喉を通る音がなく、ただ吸う音だけがするので、空の乳房を吸っているのだと察したかもしれない。

もしかしたらチョムジも、この不吉な静けさをどこかで感じ取っていたのかもしれない。
そうでなければ、門を入るなり突然、
「このくそったれめ、夫が帰ってきたっていうのに出てきもしないとは、なんて女だ!」
と怒鳴り声を上げたのは不自然だ。
その怒鳴り声こそ、身に迫る恐ろしい予感を追い払おうとする虚勢だったのだ。

ともあれ、チョムジは勢いよく戸を開け放った。
そして吐き気を催すような臭気――
古びたむしろの下のほこりの匂い、洗っていないおむつの糞尿の臭い、
汚れがこびりついた衣類のにおい、病人の腐った汗のにおい――が、
鈍くなったチョムジの鼻を突いた。

部屋に入るなり、ソルロンタンを置く間もなく、酔っ払いは喉の限りに怒鳴りつけた。
「このろくでなしめ、昼も夜も寝てばかりいやがって! 夫が帰ってきても起きもしないのか!」
そう叫ぶと同時に、寝ている妻の脚を乱暴に蹴りつけた。
だが、足に当たる感触は人の肉ではなく、木の切り株のようだった。

そのとき、「チュウチュウ」という音が「うぇぇん」という泣き声に変わった。
赤ん坊が吸っていた乳首を離して泣き出したのだ。
泣くといっても、顔をくしゃくしゃにして泣くまねをしているだけで、
声は腹の底からしぼり出すようで、
何度も泣くうちに声は枯れ、もう泣く力も尽きたようだった。

足で蹴っても何の反応もないのを見て、夫は妻の枕元へ駆け寄り、
まるでカラスの巣のように乱れた髪をつかみ上げ、激しく揺さぶった。
「おい、しゃべれよ! しゃべるんだ! 口がくっついたのか、このくそ女!」
「……」
「ほら見ろ、何も言わねえ。」
「……」
「おい、お前、まさか死んだんじゃないだろうな。なんで返事をしないんだ!」
「……」
「うう……また黙ってる。まさか本当に、死んじまったのか。」

そう言いながら、妻の白いまぶたの下――
天井を見つめたまま動かない見開かれた眼を見た瞬間、
「その目! その目で! なぜ俺を見ない! なぜ天井ばかり見てるんだ!」
その言葉の最後で、彼の声は詰まり、喉が震えた。

そして、生きた者の目からこぼれた鶏の糞のような涙が、
死んだ女のこわばった顔を斑に濡らした。
やがてチョムジは、狂ったように妻の顔に自分の顔をすり寄せ、うわごとのように呟いた。

「ソルロンタンを買ってきたのに……なぜ食べないんだ、なぜ食べないんだ……
今日は、なんて奇妙な日だ……運がよかったというのに……」

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