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「椿の花」(1936年)著:キム·ユジョン

韓国
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「椿の花(동백꽃/トンペッコッ)」は、1936年『朝光』5月号に発表されたキム·ユジョンの短編小説。
思春期の田舎の少年と少女の初々しい愛を描いた作品で、現代的な観点からも滑稽な要素が多く、香ばしい江原道の方言と美しい純韓国語の単語を使ったキム·ユジョンの作品だ。
ファン·スンウォンの「夕立」とともに現代の韓国人が最も多く知っている短編文学ロマンス物でもある。
※こちらの作品は著作権が消滅したパブリックドメイン(公有財産)です。https://ko.wikisource.org/wiki/%EB%8F%99%EB%B0%B1%EA%BD%83

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椿の花

今日もまた、うちの雄鶏がひどく追いかけられた。
昼ごはんを食べて、これから薪を取りに山へ行こうと外に出たときのことだった。
山へ登ろうとしたら、背中のほうで「バタバタッ」と、鶏の羽ばたく音が騒がしい。
驚いて振り返ってみると、やっぱりだ、あの二羽がまた取っ組み合っていた。

チョムスンんちの雄鶏(体格が大きくて、まるでアナグマみたいにがっしりしたやつ)が、うちの小柄な雄鶏をめちゃくちゃにいじめているのだ。
しかもただ攻撃するだけじゃない。
「バサッ」と頭を突っついては一度引き、少し間を置いてまた「バサッ」と首を突っつく。
そんなふうにわざと間を取りながら、見せつけるように痛めつけている。
するとこの見た目の悪いやつ(うちの鶏)は、突かれるたびに嘴で地面を突きながら、「キッ、キッ」と情けない悲鳴を上げるばかりだ。
治りきっていない頭をまた突かれ、赤い血がぽたぽたと落ちる。

それをじっと見下ろしていると、まるで自分の頭が割れて血が流れるようで、目の前がカッと熱くなり、目から火が出そうになる。
思わず背負っていた背負子の棒を手にして走り寄り、チョムスンんちの鶏をぶん殴ってやろうかと思ったが、思い直して空振りだけして、二羽を引き離した。

今回もチョムスンがけしかけたに違いない。
わざと俺の気を逆なでするつもりだったに決まっている。
まったく、あの娘、このごろになってなんであんなに俺を目の敵みたいにするのか分からない。

四日前のジャガイモのときのことだって、俺はあの子に何一つ悪いことなんかしていない。
女が山菜を採りに行くならまだしも、人の垣根編みをしてるところに、こそこそ近づいてきて何をするのか。
しかも足音を消して、背後からそっとやってきて——

「ねえ! 一人で仕事してるの?」

つまらないことをぺらぺらしゃべるのだった。

昨日までは、あいつと俺はほとんど話もしなかったし、会っても知らんふりをして、お互い静かにしていたというのに、
どういうわけか今日は急に馴れ馴れしくなった。
まったく、子馬みたいな娘っ子が、他人の仕事してる男に向かって……。

「もちろん一人でやるだろ? みんなでやる必要ある?」

俺が少しとげのある言い方で返すと、

「仕事するの楽しい?」とか、

「真夏でもないのに、もう垣根なんか作ってるの?」とか、

小言をいろいろ並べたあと、人に聞かれるのを気にして手で口をふさぎ、その中でくすくす笑う。
たいしておかしいことでもないのに、天気が暖かくなったせいか、この娘、頭がおかしくなったんじゃないかと思ったほどだ。
そのうえ、しばらくして自分の家のほうをちらちら見ていたかと思うと、行厨(こうちゅう)チマの中に入れていた右手をすっと抜いて、
いきなり俺のあごの下に差し出してきた。
いつ焼いたのか、湯気がふっと立ちのぼる大きめのジャガイモが三つ、その手の中にぎゅっと握られていた。

「お前んちには、こんなのないでしょ?」

そう言って、いかにも恩着せがましい口ぶりで言い放つと、

「私があげたことが他の人に知られたら大変だから、ここで早く食べちゃいなよ」と言うのだった。

それからまた、
「春のジャガイモって、おいしいんだって」と付け加える。

「俺はジャガイモなんか食わねえよ。お前が食え」

俺は顔も向けずに、働いていた手でそのジャガイモを肩越しにぐいっと押し返した。
すると、それでも立ち去る気配がなく、むしろ息づかいが「すうすう」と荒くなっていく。
なんだこれは?と思って、ようやく振り返ってみると、俺は本当に驚いた。
この村に越してきてもう三年近くになるが、浅黒いチョムスンの顔が、こんなに真っ赤になったのを見たのは初めてだった。
それもただ赤いだけじゃなく、目に怒りのような光を宿して、しばらく俺をじっと睨みつけていたかと思うと、ついには目に涙まで浮かべているではないか。
そして、かごをつかみ直すと、歯をぐっと食いしばり、今にも転びそうな勢いで、あぜ道を横切って走り去っていった。

たまに村の大人たちが、

「おまえ、早く嫁に行かなきゃな?」

と笑いながら言うと、

「心配しないでください。いざとなればちゃんと行きますから!」

そうして涼しい顔で受け取るチョムスンだった。
もともと恥ずかしがり屋の娘でもないし、悔しくて涙を見せるような気弱な子でもない。
むしろ腹が立てば、私の背中を籠でいっぺん強く打ちつけてから逃げ去るくらいのことはするだろう。

ところが、あの性質の悪い様子で行ってしまったあとからというもの、チョムスンは私を見るとまるで食らいつくようにすごい剣幕で向かってくるのだ。

いくらくれるものを受け取らないのが失礼だと言われれば、ただくれるならくれればよかろうに、「お前んちにはこんなのないでしょ」とは何事だ。
もともと彼らは小作(※村を取り仕切る役)で、私たちはその手で苗を借りて土地を耕しているので、いつもへりくだっている。
私たちがこの村に初めて来て家がなくて困っていたとき、家を建てるための土地を貸してくれたのもチョムスンの一家の好意だった。
そしてうちの母や父も、農作業で食いぶちが足りないときにはチョムスンの家へ行って借りて食べ、あの家柄は本当に見上げたものだと褒めちぎっていたのだ。
そうして十七にもなった子どもたちがくっついていると村で噂になるからと注意を促したのも母の方だった。
なぜなら、もし私がチョムスンと悪いことをしてチョムスンの家が怒れば、私たちは土地を失い家を追い出されてしまうからである。

それなのに、あの娘は理由もなく剣幕を振るって私を食い殺さんばかりに向かってくるのだ。

涙を流して行った翌日の夕方のことだった。
材木をいっぱい背負って山を下りていると、どこからか鶏が殺されるような声が聞こえた。
いったいどこの家で鶏をやっているのかとチョムスンの家の裏手へ回ってみると、私は目を丸くして驚いた。
チョムスンが一人で家の縁台に腰かけていて、なんとその裾の前にうちのめんどり(※めんどり=雌鶏)をぎゅっと押さえつけており、そしてこう言っているのだった。

「この鶏め! 死ね、死ね。」

そんなふうに得意げにぶん殴るのだ。
頭をたたかれたなら分からないが、まるで卵を産めなくしてやるかのように、尻のあたりをこぶしでグイグイと殴りつけるのである。

俺は目に血が上り、手足がぶるぶる震えたが、ぐるりと辺りを見回して、ようやくチョムスンの家に誰もいないことに気づいた。
手にしていた背負子の棒を振り上げ、垣根の中ほどを思い切り打ちつけながら、

「この悪たれめ!うちの鶏が卵を産めないようにしたいのか!」

と大声でどなった。

だがチョムスンは少しも驚いたふうも見せず、どっしりと座ったまま自分の鶏を扱うように「死ね、死ね」とまた打ち据えている。
こいつは、俺が山から降りて来るのを狙って前もって鶏を捕まえ、見せつけるように俺の目の前でこれをやっているに違いない。

しかし、だからといって人の家に飛び込んでその娘と殴り合いになるわけにもいかず、事情がひどく不利なのは分かっていた。
だから鶏が殴られるたびに背負子の棒で垣根を打ち鳴らすしか手がなかったのだ。
垣根を打てば打つほど垣根の縁は崩れて骨組みだけが残る。だがいくら考えても、損をするのはいつも俺ばかりである。

「おい、この女! 人の鶏をとことん殺す気か!」

俺が目を剥いて再び大声を上げると、ようやくチョムスンは垣根のところへスッと来て、垣根の外に立っている俺の頭を狙うようにして鶏を放り投げた。

「いやぁ、汚ない!汚ない!」

「汚ないもんをおまえにいつまでくっつけておけって言ったか? くそったれ女め」

と俺も汚らわしいものを見るように垣根棒を大きく振り回し、腹の虫が煮えくり返るほど怒りが頂点に達したのだ。というのも、雌鶏が放つにおいが、俺の額のまわりにまでくっついて糞を塗りつけたような感じで、それを見れば単に卵が潰れただけでは済まないほど、根深い害を受けたように思えたからだ。
そして俺の背後に向かって、こちらにだけ聞こえるように小馬鹿にした声で、

「このおバカ野郎!」

「おい、てめえ、先天性のバカか?」

それだけで終わるならまだしも、

「ねえ! おまえの父ちゃん、宦官(去勢男)なんだろ?」

「なんだと、うちの父ちゃんがそんなわけあるか!」

と畳みかけるように罵倒が続き、俺はカッとなって振り返ってみると、さっきまで垣根の上にいたはずのチョムスンの顔がどこにも見えない。
振り向いて来ると、さっき吐いた罵声を垣根の外へ向かってまた浴びせかけるではないか。
そんな罵声を浴びせられ、それに一言も言い返せない自分を思うと、石につまずいて足の裏の皮が剥けるのも気づかないほど悔しくて、ついには目に涙がこみ上げてきた。

しかし、チョムスンのちょっかいはこれだけではなかった。

鶏のとさかが好きだなどと言いながらも、人がいないときを見計らっては、自分の家の雄鶏を連れてきて、うちの雄鶏と喧嘩をさせるのだ。
自分の家の鶏はやけにいかつい顔つきをしていて、戦いとなれば翼をばたつかせて威勢よく挑むので、どうせ勝つと分かっているからである。
そのせいで、うちの鶏はいつも頭や目のあたりから血まみれになるまでやられてしまう。
あるときなど、うちの鶏が出てこないので、あの娘は餌を手にして誘い出し、無理やり戦わせることまでした。

こうなっては、俺も黙ってはいられなかった。
ある日、うちの雄鶏をつかまえて、こっそり味噌壺のところへ連れて行った。
闘鶏にコチュジャン(唐辛子味噌)を食べさせると、病気の牛がマムシを食べて元気を取り戻すように、力がみなぎるという話を聞いたからだ。
そこで壺からコチュジャンをひと皿すくい取り、鶏のくちばしのところへ押しつけて食べさせてみた。
すると鶏もコチュジャンの味が気に入ったのか、嫌がる様子もなく、皿の半分ほどをぺろりと食べてしまった。
ただ、食べたばかりではすぐに元気が出ないだろうと思い、少し体に力が戻るまで、止まり木の中に閉じ込めておくことにした。

畑に堆肥を置いて荷を下ろし、ひと休みしようと鶏を抱えて外へ出た。ちょうど外には誰もおらず、点順は自分の垣根の中で古着を裂いたり綿をたたいたりしてかがみ込んで働いているだけだった。

俺はチョムスンちの雄鶏が遊んでいる畑のあたりへ行って、鶏を下ろしてじっと様子を見た。
二羽は相変わらず取っ組み合っていたが、最初はさっぱり勝負にならなかった。
チョムスンちの大きい鶏にきれいに突かれて、うちの鶏はまた血を流し、それでも羽をばたつかせては跳ね返るだけで、まともに一発も返せない。

ところが、あるとき急に気合を入れてピョンと跳ね、爪で相手の目をねらって落ち、頭をがっちり突いたのだ。大きな鶏もそこでは驚いたのか後ずさりした。そこへ小柄なうちの雄鶏が素早く飛びかかり、また頭を突くと、ついにあの大柄でも血を流さずにはいられなくなった。

よし、やっぱりコチュジャンを食わせればいいんだな、と俺は内心で得意満面になった。
そのとき、鶏の喧嘩に驚いて垣根の外を覗いていたチョムスンも、顔をしかめて不機嫌そうにしていた。

俺は両手で鶏のお尻をポンポンとたたきながら、繰り返し、
「よくやった! よくやった!」と叫び、心の底から得意になったのだった。

しかし、ほどなくして、私は魂が抜けたように、柱のようにぼんやり立ち尽くしてしまった。
というのも、大きい鶏が一度突かれた仕返しに、烈しく何度も突きかかり、その勢いにうちの雄鶏はたじたじとなり、ぐったりしてしまったからだ。
それを見て、今度はチョムスンがこちらに聞こえるように、ケラケラ笑い出したのだった。

見ていられなくなった私は、うちの雄鶏をつかまえて家に引き上げた。
もう少しコチュジャンを食べさせておけばよかったのに、焦って喧嘩を仕掛けたのがひどく悔やまれた。
私はかめのそばに戻って、もう一度鶏のくちばしの下にコチュジャンを押し当てたが、興奮しているせいか全く食べようとしなかった。

仕方なく、鶏を仰向けにして寝かせ、口に煙草の吸い口をくわえさせた。
そして、薄めたコチュジャンの汁を少しずつその穴から流し込んだ。
鶏は苦しそうにケッケッとくしゃみをするように動いたが、とはいえ、毎日のように血を流すことに比べればこのくらいの苦しみは大したことではないと思った。

しかし、二、三さじほどコチュジャン汁を飲ませたころ、私はすっかり気落ちしてしまった。
あんなに元気だった鶏が、どうしたことか首をそっとねじって、私の手の中でぐったりと力を失ってしまったのだ。
父に見つかるのが怖くて、慌てて止まり木の陰に隠しておいたが、今朝になってようやく意識が戻ったらしかった。

それなのに、こうしてまた外へ来てみると、鶏がまた喧嘩をしている。
あの憎らしい娘が、家に誰もいないすきをねらって中に入り、止まり木から引っ張り出していったに違いない。

私はもう一度その鶏を捕まえて閉じ込めた。心配ではあったが、だからといって山へ薪を取りに行かないわけにもいかないのだった。

松の枝(さくじょう)を集めながらじっと考えてみると、どうにもあの女の首根っこをひっくり返してやりたくてならない。
今度下りたらあのくそ女の背中をいっぺん思い切りぶん殴ってやる、と決めて、さっさと材木を担いで急ぎ下山した。

ほとんど家のところまで下りきったところで、ふとホドギ(*草笛)の音がして、足がぴたりと止まった。
山裾の大きな岩の隙間に黄色い椿の花がつもり積もるように散っている。その隙間に腰を下ろして、チョムスンがしょんぼりとホドギを吹いている。
さらに驚いたのは、その前で「バサッ、バサッ」とまた鶏の羽ばたく音がすることだ。
間違いない、あの女はまた俺を挑発するつもりで鶏を引っ張り出し、俺の下り道に喧嘩を仕掛けておいて、目の前に腰を据えて涼しい顔でホドギを吹いているに違いない。

腹の虫が頂点に達して、目に火がつくと同時に涙がぶわっとこみ上げた。
背負っていた材木を放り出す間もなく、そのまま投げ捨て、背負子の棒を振りかざして慌てて駆け出した。

近づいて見ると、案の定、うちの雄鶏は血を流してほとんど瀕死の状態である。
鶏そのものも気の毒だが、それよりも目の前で平然とホドギを吹いているあの女の態度に、なおさら歯ぎしりがする。
村でも評判だったし、かつては愛想よく働き者で顔もきれいな娘だと思っていたが、今のその目つきはまるで子ギツネのようだ。

私は思わず飛びかかり、知らないうちに大きな雄鶏を一撃で叩き伏せていた。
鶏はぐったりとひっくり返り、足が一本も動かずそのまま絶命した。
そして私はぼう然と立ちつくしていると、チョムスンが鋭く目を見開き、怒りに駆られて私に向かって飛びかかってきた。

「こいつ! どうして人の鶏を叩き殺すんだ!」

「それがどうした?」

と言って立ち上がったところへ、

「おい、この野郎! 誰の鶏だと思ってるんだ!」

と怒鳴られたので、またたまらずへなへなと倒れこんだ。
そしてしばらく考えてみると悔しくて恥ずかしくて、しかも自分でやらかしたことだから、これで土地を取り上げられ家を追い出されるのではないかとも思った。

私はよろよろと立ち上がり、袖で目を覆って、つい声をあげて泣いた。しかしチョムスンが近づいてきて、

「じゃあ、これからはもうしないってことか?」

と訊ねたとき、ようやく生きる道が見えたような気がした。
私はまず涙をぬぐうと、何をしないのかよくわからないまま、

「そうだ!」

と何の考えもなく返事をした。

「これからまたそんなことしたら、私が何度も嫌がらせしてやるからね。」

「わかった、わかった、もうしないよ!」

「鶏が死んだことは心配するな、私が何とかしておくから。」

それから、どういうわけかチョムスンは私の肩に手をかけたまま、ふっと倒れこんできた。
その拍子に私の体も一緒に崩れ落ち、満開の黄色い椿の花の中へ、どさっと埋もれてしまった。

ぴりっとするような、そして甘く香るその匂いに、私は地面が沈み込むようなめまいを感じた。

「おまえ、もう話すな!」

「う、うん!」

しばらくして、山の下の方から声がした。

「チョムスンや! チョムスンや! この子ったら、針仕事の途中でどこへ行ったんだい!」

どうやら出かけていたらしい母親が、ひどく怒っている声だった。

チョムスンはびっくりして、花の下をそっと這いながら山のふもとへ逃げていった。
私はというと、岩のかげを伝って、そろりそろりと山の上のほうへ逃げ出さずにはいられなかった。

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